禁欲男子

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宗教はなぜ禁欲をするのか?

   

オナ禁信者である僕たちが禁欲をする理由はたった一つ。

それは女性にモテるようなカッコイイ男になりたいからです。

しかしキリスト教や仏教などの宗教はこの理由とは別に禁欲を行っています。

なぜ、仏教やキリスト教の信者は禁欲を実践するのか?

本日はこの題材でエントリーします。

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ヨガ的な解釈

ヨガと聞くとフィットネス的なイメージを持つ人が多いと思います。

しかし本来のヨガはインドの諸宗教と深く結びついています。

バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の修行法としてヨガを取り入れています。

そのヨガですが禁欲するのが当たり前になっています。

クンダリーニ(神秘的なエネルギー)の源は性エネルギーであると考えられているからです。

高い世界を経験するには性エネルギーを高次元のチャクラ(霊的センター)に到達させる必要があるのです。

次元の高い優れた人間になれるためには、まずは禁欲が必須条件なのです。

逆にオナニーなどで普段から無駄に性欲を使っている人は低次元の意識状態と同化してしまいよくありません。

快楽を目的としたオナニーばかりする人は仏陀みたく徳の高い立派な人になれないのです。

 

宗教(仏教・キリスト)的な解釈

仏教でもキリスト教でも禁欲は修行の1つとして取り入られています。

『苦痛を通じて精神を高める』『肉体を制御しようとする』というのは世界的にみられる考え方なのです。

ランナーズハイという言葉をご存知でしょうか?

長時間走り続けていくと、次第に苦しさやつらさを感じなくなり、気分が高まっていく現象です。

これは人間の脳は苦痛を感じると苦痛を弱めるために麻酔効果を持った脳内麻薬を合成するからです。

同じように禁欲という苦行行為もある一定のレベルに達すると脳内麻薬が分泌され「俺はこんなにも辛い行為に耐えているすごい人間なのだ」という陶酔感が得られるわけです。

これが宗教的な儀式とまじりあい,宗教的エクスタシーという快楽を得られるのです。

宗教に例えるなら『これほどの苦行を耐えた自分は神に愛されないわけがない』となるのですね。

その快楽はセックスなどによる性的な快感をずっと上回ります。

宗教的修行者って実はその快感を得るために修行しているのかもしれませんね。

 

まとめ

いかだでしたでしょうか?

これで宗教と禁欲が切っても切り離せない関係であることが理解できたと思います。

ちなみに近代国家に到達する中世の時代は国家レベルでさかんに宗教を取り入れていました。

その理由は宗教=禁欲という構図があるからです。

当時、教養も教育も行き届いていない庶民に「気持ちいいからってセックスに溺れるなよ、つつしみを持てよ。でないと社会がめちゃくちゃになるぞ」と言っても響きません。

「社会とかしらねーよ!俺の勝手だ!」となります。

そこで「欲望に溺れる人間は神様に見捨てられますよ」「肉欲は悪なのだ。克服しないと地獄に落ちますよ」というように上手く宗教を利用して社会の秩序をコントロールしていたわけです。



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