禁欲男子

人に勝つより自分に勝て!

今を生きる

      2015/10/18

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今回は僕の個人的な悩み(不妊)と、その悩み事との付き合い方について書きます。

このサイトに訪れてくれる人の多くは不妊については関心がないでしょう。

そもそもこのブログのテーマが「禁欲」ですから。

でも不妊でなくても悩みごとはみんなそれぞれ持っていると思います。。

「仕事が嫌で仕方がない」

「彼女ができない」

「定職に就けず焦っているが出口が見つからない」

「職場もしくは学校で周囲からいじめを受けている」

こんな時に「どういう風な考え方をすればいいか」わかってると気持ちがすごく楽になったりすると思うんです。

だから僕の「不妊」の悩みを他の悩みに置き換えて読んでもらえると、ためになるんじゃないかな~と、思ったりしています。

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出口の見えないトンネル

現在、僕は家内と不妊治療を行っているのですが、中々よい結果出ない状態が続いています。

お互いすごくイライラしており、不妊治療の件でよく喧嘩をします。

喧嘩の原因は価値観の違いです。

僕はすごく自分の子を望んでいるのですが、家内はそこまで自分の子が欲しいとは思っていません。

この価値観の違いからよく喧嘩をします。

喧嘩は徐々にエスカレートし、最近では「離婚」とういキーワードも出てくるようになりました。

僕も家内もこの出口の見えないトンネルに疲れ、身も心もボロボロです。

そんなある日、家内から「今の生活に不満があるの?私は今の生活で十分幸せ。だから子供がいなくても大丈夫。」と唐突に言われたことがあります。

僕はこの言葉にドキッとしました。

そして、この言葉がなぜ自分にここまで重くのしかかるのか?一人で考えていました。

 

あるブログにヒントが書いてあった

- 今の生活に不満があるの?私は今の生活で十分幸せ -

僕はその夜、一人でドライブをしながらこの言葉の意味をずっと考えていました。

しかし結局、明確な答えが出ませんでした。

僕は考えれば考えるほど、メンタルがやられて鬱っぽくなってしまいました。

家内との関係もどんどん悪化するばかり。

「この状態だと、もうブログを更新することもできない。しばらくブログをお休みにしようか。。」

そう考えている矢先に、あるブログを見つけました。

今を生きる

山下弘子さんという方のブログです。

若くしてガンになり、余命半年の宣告をうけた方です。※現在はそれから3年がたっています。

この方の凄いところは、絶望的な状況の中でもとてもポジティブに、そして自然体に日々を過ごしているところです。

ガンを恨んでいるわけでもなく、むしろ友達のように受け入れ共存しているのです。

もうそろそろガンで余命半年宣告されてから3年が経ちます。
この3年間、いろんな事が起こりました。
今では全くガンを憎んでいません。無くなってほしい、早くなくなってほしいってずっと願っていますが…
ガンを憎んでいないからこそ、100%本気の「無くなれ」願いって難しかったりします。
こんな言い方もおかしいのかも知れませんが、ちょっとだけ友達のように愛着が湧いていたりしています。
今の自分があるのは、ガンというものを経験しているから。
今、自分がもの凄く幸せだって感じる事ができるきっかけになっているのも「ガン」だったりします。
たくさんの気づきや出会いや経験を与えてくれたガンに対して、友だちのように受け入れ共存して行こうと、昔本気で思った事もあるほどです。
その愛着が少しでも湧いている「友」に対して、その「友」に対して感謝までもしているのに、本気の100%の「無くなれ」願いって難しかったりします。

出典 季節の変わり目に注意! 『今を生きる』

 

そんな山下さんから僕は生きるヒントを教えてもらいました。

 

最近講演でよく
「幸せ」って何ですか?
について、皆さんと討論します。

「幸せになりたい人~」って言うと、かなりの数の方から手があがります。

そして、「今幸せな人~」と言うと、やはり手がある程度下がります。

また、「どんな時に幸せを感じますか?」の私の質問に対して
・家族とまったり過ごしている時
・美味しいもの食べている時
・ほめられた時、感謝された時
などなど、様々な幸せを感じる時がありますが…

実は皆の幸せを感じるときって、一つ共通点があります。

それは………
それは、すでに得られているものなのだという事。

分かりやすく言うと

幸せは「なる」ものではなく、「感じる」ものだということ。
(前にも一度ブログの方で書いた事あったかと思うけれど…まあまあ、緩い目で見て下さい。)

どんな状態でも、幸せを感じる事ができると私は思います。
幸せか幸せじゃないかって、自分自身にしか感じる事はできないものです。
誰かが自分のかわりに幸せを体験する事はできませんし、不幸を体験する事もできません。(もちろん、大切な誰かが幸せにしていると、自分自身までもが幸せだと感じる事は多々あるでしょうし、周りの誰かがものすごく悲しそうにしていると、自分自身までも暗く不幸になるものです。気持ちの伝達ですね!)

また幸せの感じ方も一瞬で変わったりします。
過去においてこれが幸せだと感じていた物が、次の瞬間には変わっていたり…幸せの感じ方もすぐコロコロ変わります。
例えば天気だったり、気温だったり、ニオイだったり、色彩だったり、それらでもすぐに変わるものです。

幸い、私はどんな状態でもその状態において、幸せを見つけたり、感じれたりする事ができるようになりました。

出典 何も無い幸せ 『今を生きる』

僕はこの文章を読んでいる途中に家内から言われた

「今の生活に不満があるの?私は今の生活で十分幸せ。だから子供がいなくても大丈夫。」

という言葉を思い出しました。

そしてやっと意味がわかりました。

幸せとは「なる」ものではなく、感じるもの。

視点を変えれば、みんな幸せになれる。

僕は不妊治療で視野が狭くなり、盲目的になっていました。

視点を変えたら僕は十分幸せなんです。

– 自分のことを愛してくれ、そして自分が愛している人がずっとそばにいる –

もしこのことに気づかなければ、僕は一生幸せを感じることができない不幸な人間になっていたかもしれません。

もし子供を授かったとしても、またすぐに別の悩みに苦しむことになるんだと思います。

そう思うと少し気持ちが楽になりました。

 

神は乗り越えられる試練しか与えない

一層のこと、不妊治療をここできっぱり諦めたほうが楽になるんでしょうね。

「子どもがいない」という生活を受け入れ2人でしか楽しめない夫婦生活を過ごす。

でも、僕と家内にはまだ時間があるのも事実。

僕たちは子どもを諦めなければならない年齢ではないのです。

だからもう少し、「足掻こう」と思っています。

足掻くためには自分達を信じるしかありません。

今、夫婦でやっていることを信じなければ、前に進むことができないですから。

そして何よりも僕がしっかりしないといけない。

 

まとめ

とりあえず、発生した事象(生理がくる)に対してあれこれ考えるのはやめようと思っています。

どれだけ落ち込んでも過去は変えられない。

言い換えると、これから発生する未来は自分の手で変更することはできます。

できればfact(事実、数字)で物事をとらえて、次の手を考えるほうが合理的ですよね。

まずはもう一度、家内と膝を突き合わせた話し合いをしなければ。。

まだ、あきらめるのは早い。

 



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